INICIAR SESIÓN「面白い依頼ですか……?」
ミリアの澄んだ瞳が、さらに大きな疑問符を浮かべる。彼女にとって、今や「皇子」とも呼ばれる立場になったユウヤが、泥臭い冒険者の溜まり場に自ら足を運ぶ理由がすぐには理解できないようだった。
「そうですわ! ユウヤ様、もし戦いが必要な依頼であれば、わたくしが……」
ミリアが守護欲に溢れた表情で身を乗り出そうとしたが、ユウヤはそれを苦笑いで制した。
「大丈夫だって。ただの様子見だよ。それに、こういうところから世の中の動きが見えることもあるしね」
ユウヤは、慌ただしく立ち働く王城の兵士たちを背に、どこか懐かしい場所へ向かうような足取りでギルドへの道を歩き出した。背後からは、まだ少し納得がいかない様子のミリアと、ようやく顔色が戻ってきたシャルの「お気をつけて!」という声が微かな風に乗って聞こえてきた。
「強いモンスターが現れているなら率先して戦って、もっと強くなってミリア達を護れるようにならないとね」
ユウヤは、さらりと、だが固い決意を込めてそう言った。その言葉には、大切な女性を自分の手で守り抜きたいという、真っ直ぐで力強い意志が宿っている。
「え?……えっと……それ以上強くなられるおつもりなのですか?」
ミリアは、宝石のような瞳を丸くして絶句した。既に人知を超えた力を振るい、皇帝にさえ一目置かれる存在である彼が、さらに高みを目指そうとしている。その飽くなき向上心に、驚きを隠せないようだった。
「え? 俺は、まだまだ弱いし戦闘経験も不足してるよ~」
ユウヤが本気で困ったように笑いながら謙遜すると、周りで聞き耳を立てていた護衛たちが、顎が外れんばかりの驚愕を顔に浮かべた。大陸最強クラスの力を持ちながら、自分を「弱い」と言い切るその無自覚な圧倒的強者感に、彼らは戦慄を覚えたのだ。
「……はぁ……分かりましたわ。先に帰ってお待ちしておりますわ」
ミリアは、降参したように小さく溜息をつき、それでも嬉しそうに微笑んだ。ユウヤのその実直な優しさこそが、彼女が愛してやまない部分なのだろう。
「うん。ありがと」
一方、シャルロッテはすっかりユフィリスと意気投合してしまったらしく、「今日は王城に泊まりたいですわ!」と、先ほど謁見の間で瞳を輝かせてせがんできた。ユウヤは快く許可を出していたので、彼女たちの見送りは断り、一人でギルドへと向かうことにした。
王城の重厚な門をくぐり抜け、活気溢れる街並みへと踏み出す。背後には、夕日に染まり始めた王城がそびえ立ち、前方の喧騒からは、革の焼ける匂いや鉄の打たれる音が、懐かしい記憶と共に漂ってきた。
ギルドは王城から目と鼻の先にあるため、夕暮れ時の街並みを楽しみながら歩いて向かった。
木造りの重厚な扉を押し開け、ギルドの中に一歩足を踏み入れた瞬間、喧騒が嘘のように止んだ。酒を酌み交わしていた荒くれ者たちも、装備の手入れをしていたベテランたちも、一斉にこちらを見て固まっている。
……なに? 全員に注目されているんだけど。
背中に突き刺さるような視線を感じつつも、まあ気にせずに、俺は壁一面に貼り出されている依頼ボードへと向かった。羊皮紙の独特の匂いが漂う中、新しい依頼を一枚一枚眺めていく。
「あの……ユウヤ様?」
不意に、横から控えめながらも親しげな声が掛かった。見ると、以前から仲良くしている受付嬢が、少し上気した顔で近くに寄ってきていた。
「やっぱりユウヤ様だわ。王城の方から凄い噂が流れてきていて、ギルド内でも持ちきりなんです。まさか、本当にお越しになるとは……」
彼女は、尊敬と好奇心が入り混じったような眼差しで俺を見つめている。どうやら、例の「皇帝のお気に入り」だの「次期皇子」だのといった話が、早くもここまで伝わっているらしい。
「何か、お探しですか? 今のユウヤ様に相応しい依頼となると……あちらの『特別枠』のものでしょうか」
彼女が指差したのは、禍々しい紋章が押された、一般の冒険者では触れることすら許されない高難度依頼書が纏められたファイルのような本だった。
「ユウヤ様……来て頂けたのですね♪」
受付嬢は、潤んだ瞳でこちらを見上げ、嬉しさを隠しきれないといった様子で声を弾ませた。そのどこか夢見がちな表情に、ユウヤは少しだけ気恥ずかしさを覚えた。
「お。えっと……名前を聞いてなかったよね?」
ふと気付いて問いかけると、彼女は「あ……」と小さく口を開けて、恥ずかしそうに肩をすくめた。
「あ……普段は、いちいち名乗らないので……忘れていました。わたくしニーナと言います。改めまして宜しくお願いします」
ニーナは丁寧に一礼し、顔を上げた時にはその頬を淡い桜色に染まっていた。
「うん。宜しくね。で、ご機嫌そうだね?」
「え? いえ……普段通りですよ?」
ニーナは慌てて首を振り、誤魔化すように俯いて話した。しかし、その手は所在なげに服の裾をいじっており、隠しきれない高揚感が全身から溢れ出していた。
ミリアのナイフのサイズに合わせ、魔石の形と大きさを精密に調整していく。指先で魔力を整えながらナイフの柄へと嵌め込むと、それはまるで最初からそこにあったかのように完璧に馴染んだ。(うん……なかなか格好良いじゃない?) 完成したナイフは、ただの宝石とは一線を画す、深く幻想的な輝きを放っている。見つめていると吸い込まれそうなほど純粋な蒼。それがミリアの柔らかな金髪と対比され、凛とした美しさを引き立てていた。「はい。これだけど……どうかな?」 差し出されたナイフを手に取り、ミリアは息を呑んだ。「わぁ……キレイです……スゴイですっ! こんなに澄んだ青色は見たことがありませんわ……」 彼女は宝石の輝きを瞳に映しながら、うっとりとナイフを見つめている。だが、ユウヤはそこで終わらせるつもりはなかった。「ちょっと待ってて……試したい事があるんだ~」「はい♪」 ミリアはユウヤへの全幅の信頼を込めて、花が綻ぶような笑顔で頷いた。 魔石を指先でなぞりながら、対象者に害意や殺意が向けられた瞬間に強力なバリアが発動するよう、緻密なイメージと共に魔力を流し込んだ。 よし……成功したかな。すぐにでも性能を試したいけれど、当然ながら俺がミリアに殺意を向けるなんて真似は逆立ちしたってできそうにない。そこで、気配を感じる天井付近へと視線を向けた。「あ、護衛の人……ちょっと良いかな? これを持っててくれる?」 そこにいる精鋭なら実験台には丁度いいと思ったのだが、言葉を遮るようにミリアが声を荒らげた。「ダメですっ! そのナイフは、男性の方で持って良いのはユウヤ様だけですわっ」「えぇ……実験なのに……ダメ? 試したいんだけどなぁ」「ダメですっ!」 ミリアは両手
だが、腰に下げた紋入りの剣の感触が、少しだけ心を軽くした。この王国で冒険者としての証明を得て、国を救った功績も認められている。これまでの信頼があるのだから、理不尽なことにはならないはずだ。「……今は、考えないでおこう」 ユウヤは思考を切り替え、逸る気持ちを足に乗せて家へと急いだ。ギルドでの騒動と山での激闘を終え、全身にずっしりとした疲労感が染み渡っている。何よりも今は、あの温かい場所へ帰りたかった。 玄関の扉を開け、リビングへと足を踏み入れる。 パチパチと暖炉が爆ぜる音と共に、スパイスの効いた食欲をそそる夕食の匂いが鼻腔をくすぐった。視線を上げると、そこには今か今かと待ち構えていたミリアの姿があった。「ユウヤ様……!」 目が合った瞬間、ミリアは弾かれたように椅子から立ち上がり、駆け寄ってきた。彼女はそのままの勢いでユウヤの胸に飛び込み、折れそうなほど強く抱きしめる。「もぉっ! 心配しました……酷いですっ! ギルドに行かれるとしか聞いていませんでしたよっ! しかも……伝言を、隠れて尾行をしていた隠密の方に頼むなんて……」 ミリアはユウヤの胸に顔を埋めたまま、ぎゅっとその衣類を掴んで抗議の声を上げた。 主人が急にいなくなったと思えば、姿の見えない護衛の隠密が困惑した様子で現れ、「ユウヤ様から伝言です」と告げられたのだ。その状況を思い返したのか、ミリアの肩が微かに震え始める。 彼女は顔を上げると、潤んだ瞳でユウヤを睨みつけたが、その口元は既に緩んでいた。「……ふふっ。あの方たち、気配を消して守るのが仕事なのに、あっさりと見つけられて、あろうことかお使いまで頼まれるなんて……。戻ってきたとき、すごく複雑な顔をしていましたよ?」 心配でたまらなかったはずなのに、ユウヤのあまりに規格外でマイペースな行動が、彼女の不安をおかしな笑いへと変えてしまったようだ。「…&hellip
「分かった。みんなには内緒ね!」 ユウヤが爽やかな笑顔で約束すると、ニーナは安堵したように、けれど大切そうにネックレスを胸に抱きしめた。窓から差し込む陽光が、彼女の金髪と青い魔石を宝石のようにキラキラと輝かせていた。「魔石の買い取りは、どういたしますか?」 ニーナが名残惜しそうにネックレスを指先でなぞりながら、職業的な顔に戻って尋ねた。「ん~今回は、止めておこうかな」 これだけの数の魔石を一気に市場へ流せば、価格の暴落を招くかもしれない。ユウヤはそう判断して首を振った。「そうですか……分かりました。それでは、こちらが今回の報酬の金貨五枚です。それと……ちゅ♡」 金貨を手渡すためにユウヤが手を伸ばした、その一瞬。ニーナが不意に身を乗り出し、至近距離まで顔を近づけた。頬に、柔らかく温かな感触が触れる。 え? えっと……。 ユウヤは雷に打たれたように硬直した。嬉しいけれど、ここがギルドの応接室であることを考えると、あまりにも刺激が強すぎる。「ご迷惑かもしれませんが……私に出来る、精一杯のネックレスのお礼です……」 ニーナはいたずらっぽく、それでいて潤んだ瞳でユウヤを見つめた。その表情には、受付嬢としての仮面など微塵も残っていない。「心配してくれたお礼だったのに……またお礼をされちゃったよ」「はい。本当に嬉しかったのです。あんなに素敵な、初めてのプレゼントを頂いちゃいましたから……」「え~ひどっ。あの時に、あげたリボンもプレゼントだったのに……」 ユウヤがわざとらしく、少し拗ねたような声を出す。「あ……そういう事では……すみません……ううぅ……」 『ニーナは失敗した!』と
「はい。王国の大規模な依頼で、三十人規模のパーティを組んで複数のパーティで大規模討伐を行っても、このような数字にはなりません。頑張っている冒険者パーティでも、毎日休まずに討伐を行って一年間で、二千体いかないくらいですよ。三万三千体って、いったい何をされたんですか……」 ニーナは縋るような、それでいてどこか遠いものを見るような瞳でユウヤを見つめた。彼女の持つ冒険者の常識が、音を立てて崩れ去っているのがわかる。 そう言われても……討伐をしちゃった物は仕方ないじゃん。一応……誤魔化してみるか。「えっと……じゃあ……依頼書が、おかしくなっちゃったんじゃない?」 ユウヤは頬を掻きながら、精一杯のとぼけた顔を作ってみせた。「ううぅ……そんな訳が無いじゃないですか……。そのような報告は、今までに一度もありませんよ」 ニーナは力なく肩を落とし、困ったように眉を下げた。だが、すぐにその表情を引き締め、ユウヤの無傷な姿を改めて確認するように見つめる。「問題はありませんので大丈夫です……。ただ、わたくしが心配をしてしまっただけですので。今後は、こんな無茶で危険な討伐はしないでくださいね……?」 彼女は母親が子供を諭すような、優しくも切実な響きでそう告げた。その瞳の奥には、ユウヤを誇りに思う気持ちと、二度とあのような無茶をしてほしくないという、心からの慈しみが満ちていた。「わかった、気をつけるよ」 ユウヤは苦笑いしながらも、彼女の温かな気遣いに素直に頷いた。「はーい。そんなに心配をしてもらえて嬉しかったから……ちょっと待ってて」「え? あ……はい」 立ち上がろうとしていたニーナは、言われるがままに座り直した。俺の顔をじっと見つめる彼女の瞳は、期待と不思議さが入り混じったように「
急いで帰路につくと、レベルアップによる恩恵は凄まじかった。脚力のみならず、心肺機能や動体視力までもが強化されており、飛ぶような速さで険しい山道を駆け抜ける。結局、馬車で数日かかるはずの道のりを、わずか半日で踏破して街へと戻ってこれた。 そのままギルドへ直行し、報告のために受付の列に並ぶ。すると、カウンターの奥で忙しなく動いていたニーナが、列の中にいるユウヤの姿をいち早く見つけ出した。 彼女はぱっと顔を輝かせ、丁寧にお辞儀をすると、弾むような足取りで駆け寄ってきた。「ユウヤ様、なにか問題でしょうか? 途中で引き返してこられたのですか?」 ニーナは眉をひそめ、縋るような眼差しで問いかけてきた。よほど重大なトラブルがあったのだと思い込んだのか、返事を聞く間もなくユウヤの手を引き、足早に応接室へと連れ込んだ。 重厚な扉が閉まり、二人きりになると、彼女は身を乗り出すようにしてユウヤを見つめた。「どのような問題でしょう? わたくしにできることがあれば、何でもご協力いたしますよ」 必死に力になろうとしてくれる彼女のひたむきな姿勢に、ユウヤは苦笑いを浮かべた。「ん? 問題はないよ。依頼が終わったから帰ってきたんだけど……」「へ……? は、はい? えっと……最短でも、やっと山に着いた頃だと思いますけれど……?」 ニーナは目をパチパチさせ、信じられないものを見るように首を傾げた。彼女の常識では、今この瞬間にユウヤが目の前にいること自体が、魔法か何かを見せられているような感覚なのだろう。「あはは、ちょっと急いだんだ。ほら、これ。村長のサインももらってきたよ」 ユウヤが差し出した依頼書を、ニーナは震える指先で受け取った。しかし、そこに記された数字に目を落とした瞬間、彼女の時が止まった。「……えっ? あ、あの……ユウヤ様? この……討伐数の欄……桁、間違えていらっしゃいませんか……?」 ニーナの透き通った瞳が、三万体というあり得ない数字を捉えて激しく揺れていた。 俺から手渡された依頼書を凝視したまま、ニーナは石像のように固まってしまった。まあ、書き換えも誤魔化しもきかないこの討伐数を見れば、無理もない反応だとは思うけれど。「あ、あの……何ですか、これ……。種類の数も討伐数もおかしいです。いったい……どちらへ行かれたのですか? 討伐する場所を間違えてませんか
冗談っぽくそう告げた瞬間、建物の中から「ひっ!?」という短い悲鳴が上がり、ドタバタと慌ただしい足音が響いた。……さすがに討伐したモンスターを生き返らせるなんて、俺にもできないと思うけどさ。「お、お待ちください!! 待っていただきたい!!」 勢いよくドアが開き、中から白髪混じりの髭を蓄えた、恰幅の良い老人が飛び出してきた。その後ろからは、不安げな表情を浮かべた村人たちが恐る恐る顔を覗かせている。「わ、私は、この村の村長です……。モンスターの殲滅をしていただいたそうで……感謝をいたします。……ですが、ほ、本当に、本当に殲滅をされたのですか?」 村長は、信じられないといった様子でユウヤを凝視した。村を覆っていたあの禍々しい黒い霧が晴れ、久方ぶりに差し込む暖かな陽光が彼らの肌を照らしている。それが何よりの証拠ではあるのだが、たった一人で現れた少年に、村を救うほどの力があるとは俄かには信じがたいのだろう。「ええ。とりあえず、村の周りと地下にいた群れは片付けましたよ。もう山道を通っても襲われる心配はないはずです」 ユウヤが屈託のない笑みを見せると、村人たちの間に「おお……」と地響きのような、安堵と驚愕の混じった溜息が広がっていった。 ユウヤが「これ、ギルドの依頼書です」と差し出すと、村長は震える手でそれを受け取った。そこに刻まれた信じられないような討伐数と、実際に晴れ渡った空を見比べ、彼は枯れた声を絞り出すように叫んだ。「うおぉ~~!! 助かったぞっ! 皆の衆、もう大丈夫だ!」 その声を合図に、広場には家々から村人たちが次々と溢れ出してきた。「わぁ~!!! やったぁ~! 餓死しなくて良かった……」「三ヶ月振りに、やっと町に帰れる……。ゴブリンやデカいモンスターは、もう現れないんだよな? な?」 涙ながらに抱き合う者、地面に膝をついて祈りを捧げる者。村中が爆発したような歓声に包まれる。その中で、荷物を背負った商人風の男が必死な形相でユウヤに詰め寄ってきた。「本当に、現れないんだな!?」「はい。普通の山程度には現れますけど……あの異常な群れはもういませんよ」「でも、現れるのだな? なら護衛が必要だな……頼めないか? あんた、強いんだろ?」 男は商品を売りに来たのか、はたまた届けに来たのか、運悪く封鎖に巻き込まれて三ヶ月も足止めを食らっていたらしい







